暮の秋、読書のすすめ


ここ最近、好んで日本文学を読んでいます。
文豪たちの残した文章の調子や文体が、古き日本の景色や登場人物の息遣いを感じさせてくれます。異国の地に住む私には、それがなんとも心地よいのです。

そもそものきっかけは、川端康成の『古都』でした。
友人から借りて特に期待せずに読んだのですが、その美しい文章に一気に引き込まれました。
祇園祭の夜に自分とそっくりな女性と出会った主人公が、生き別れた双子の存在を知り、双子の姉妹を懐かしみながらも、環境の違いが二人を隔てていく物語。四季の移ろいと京都の人々の暮らしが見事に描かれています。
使われている言葉や言い回しは決して難しくはなく、むしろ、簡単な言葉ではっきりと情景が描かれていて、それがすっと入ってくるのです。
例えば、湯豆腐屋の店先でのこんな文章。作業する人の所作やそれを見つめる主人公の様子が目に浮かぶようです。

四角い銅の仕切りの並んだ、釜から、少しかたまった、上皮の湯葉を、竹箸で上手にすくいあげて、その上の細い竹の棒に干す。棒はいくつか上下にあって、湯葉のかわきにしたがって、上へ移してゆく。 

この作品を皮切りに、川端康成の他の作品はもちろんのこと、次々と色んな文豪の作品に手を出しています。

志賀直哉の『城の崎にて』にはこんな文章があります。
湯治で訪れた温泉宿。二階から見える蜂の死骸。それを見つめる筆者の心に浮かぶ静けさと淋しさが、質感を持って伝わってきませんか。

それが又如何にも死んだものといふ感じを与へるのだ。それは三日程その儘になつてゐた。それは見てゐて如何にも静かな感じを与へた。淋しかつた。他の蜂が皆巣に入つて仕舞つた日暮、冷たい瓦の上に一つ残つた死骸を見ることは淋しかつた。然しそれは如何にも静かだつた。

中学だか高校だかの教科書にも載っていたような気がしますが、当時はこんな風に感動はしませんでした。日本を離れていることで、より一層、こうした表現に感じ入るのかもしれませんね。

毎日の暮らしのなかで様々な感動や驚きを感じる心というのはいつの時代も変わらないとは思いますが、その時の行動は大きく変化しています。
現代では、ハッとしたことに出会うと、すぐさまスマートフォンを取り出し、写真や動画をフェイスブックに投稿するというのが多いと思います。
とても簡単で便利なうえに、投稿するやいなや世界中の友人の反応が得られて、なんとも気持ちの良いツールです。

しかし、投稿する側もいいねする側も反射的に応答できるという便利さゆえに、なぜそのような投稿をしたのか、何がどのように目に映ったのか、心を打ったのか、と言った内省のプロセスが浅くなる、あるいはそもそもそういった過程がごっそりと抜け落ちてしまいがちなのではないでしょうか。

言葉があるから感情が生まれるのか、感情があるから言葉を紡ぐのかは分かりませんが、自分の気持ちを「いいね!」でなんとなく済ませてしまったり、スタンプで適当に代用したりし続けていると、せっかくの豊かな心の動きが矮小化され、自分自身の感情が貧相になっていくような気がしてなりません。
また、自分の感情の機微が分からない人は、ましてや他人の気持ちなど分かるはずもありません。
己の感情が掴めない人が増えるということは、他者への思いやり・配慮の気持ちが減ることに繋がり、ひいては自分本位で殺伐とした社会が待っているのではないか、と危惧しています。(最近はLINEのスタンプでしか上手く会話が出来ないという世代もいると聞きます。)
もちろん、言葉で表現できることが全てだとは思いません。谷崎潤一郎は『文章読本』の中で次のように言っています。

返す返すも言語は万能なものではないこと、その働きは不自由であり、時には有害であることを、忘れてはならないのであります。 

文字だけでなく映像や音楽など、誰もが表現者になれる時代です。文章が唯一の道具ではありません。それでもやはり、わたしは、毎日のように使い慣れ親しんでいる文章や言葉が、とりわけ自分自身との対話の扉を開くカギだと考えています。

毎日目の前を流れる膨大な情報に対して、脊髄反射的におざなりの言葉を返すばかりでなく、時には自分自身の声に耳を傾け、言葉を尽くして想いを表現してみるということが、心を豊かにし人に優しくなるために必要なのではないでしょうか。

そして、この言葉を尽くす、という行為の第一歩として、昔ながらの良い文章を手に取ってみることをおすすめします。
2014年もあと2ヶ月。美しい文章を身体に流し込み、心根と繋がりながら駆けて行きましょう。
小原

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