【小原の読書メモ3】


小原が最近読んだ本を徒然なるままにご紹介。
ジャンルを問わず節操無く読みあるいています。

「イスラーム国の衝撃」池内恵

イスラム国の成り立ちとその性質がわかってきた。ムハンマド以降その地位に就いたものの居なかった「カリフ」を抱き、綿密な演出を行うことで信者を獲得していくイスラム国。

ショッキングな映像ばかりが目につき、ともすればイスラム圏のゴタゴタは我々にはどれも同じに映りますが、その背景には様々な勢力の栄枯盛衰があり、また巧みな広報戦略によって世界各国の若者を扇動しているということがよく分かります。

本書を読んで思い出したのはボスニアの紛争を描いた「ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争」です。情報の伝え方で白黒が反転してしまうこともあるということを教えてくれました。こちらもオススメです。

「知識創造企業」 野中郁次郎、竹内弘高

ひょんな御縁で著者の竹内先生ご夫妻とカンボジアで遺跡巡りをご一緒させていただきました。
更に日本で再会する機会にも恵まれました。
29歳でハーバード・ビジネス・スクールで教鞭をとった先生のお話はユーモアたっぷり、スケールもでっかくとても楽しく刺激的でした。マイケル・ポーター氏や野中郁次郎氏などその道の有名人たちとの交流の話は本当にわくわくするものでした。

さて、本書は1995年に米国で出版された野中郁次郎氏と竹内先生との共著です。
取り上げられているのは1970〜80年代の日本企業。当時世界をあっと言わせていた日本企業は如何にしてイノベーションを創出してきたのか。

個人主義的に知識を蓄積し、それを形式知化して共有する米国企業と異なり、組織内のメンバー同士が協働を通じて知恵を磨く暗黙知的アプローチが日本の競争力の源泉だという分析です。

今やイノベーションのお株はすっかり奪われてしまった感がありますが、変化の時代こそマニュアル化出来ない暗黙知をもった日本の強みが活かされる時なのではと思います。

ボストンに仕事つくって、また先生に会いに行こうかしらん。

「痴人の愛」谷崎潤一郎

昔の作家というのは本当に美しい文章を書きますね。そして、美しい文章でずいぶんと変態チックなことを書き上げたりするのです。この作品も文章表現の美しさとは裏腹に(あるいはその美しさゆえに)、登場人物の異常性が際立つ作品です。

ナオミに翻弄される主人公がなんとも情けなく、おいしっかりせえよ!と思わず言いたくなるんですが、そんなダメ男とナオミのやり取りをハラハラしながら、ついつい読んでしまう作品でした。

このある種異常な男女関係を書かせれば谷崎潤一郎はピカイチかもしれません。三味線のお師匠さんである春琴と弟子の佐助の物語を描いた春琴抄も良かったですね。壮絶な愛の形です。三味線の芸を極めることに努め、色恋を越えた次元に到達した二人のお話。

「眠れる美女」川端康成

表題作「眠れる美女」はこれまたどうにも悶々とした話。ほんと文豪たちはこぞってむっつりだったようです。本作は薬か何かで眠らされた少女と添い寝させてくれる謎の屋敷に通う老齢の男性が、ゆすっても何をしても起きない少女たちとの交流(?)を通して、過去を振り返り、老いさらばえた自らと対話するという話です。不思議な場の設定と息遣いの感じられる情景描写、そして過ぎ去った日々を想う男の内面が実にリアルに描かれていました。

本書は表題作に加えて「片腕」、「散りぬるを」の合計3作が収録されています。

個人的には「散りぬるを」がおすすめ。主人公は小説家であり、面倒を見ていた小説家志望の二人の女性が他愛もない理由で殺害されてしまう。犯人の山辺三郎の供述や調書から、当時の様子や犯人の心境に深く切り込んでいき、ついには山辺三郎の孤独に到達し、共感しさえする。

狂気の犯罪は正気の犯罪よりも遥かに悪であるという考え方の方が、曇らぬ目である。
こんな気持が、当時の私には強かった。勿論、狂気と正気とのけじめは明らかでないという意見を押し進めると、狂気もなければ正気もないというところに落ちつく。
この世のすべてのものごとは、ことごとく必然であって、またことごとく偶然であるというのと似ている。結局、必然と偶然とは同じであるということにならぬと、この問題はかたがつかない。
しかしそんなところまで考えていては、裁判など出来るものであるまいから、山辺三郎が無期懲役になったって、私は異論をとなえようとは思わない。裁判官の務めは、そこらあたりで終っているのだろう。
けれども、その終ったところあたりから、小説家の務めは始まるのではないだろうか

「吾輩ハ猫ニナル」横山悠太

第57回群像新人文学賞受賞作。

中国人に分かるような文体で書くという試みが面白かった。また大陸の若者から見た日本、日本と中国の間の意識の差などが軽妙な文章で書かれていて爽快。独特の文体に最初は戸惑いましたが、いつの間にか引き込まれてしまいました。

「犬婿入り」多和田葉子

犬婿入りという民話を現代風にアレンジした作品。読んだあとはなんとも言えないモヤモヤとした感覚にとらわれました。文章も独特でほとんど句点が付かない長文が書き連ねてあり、リズムが取れず、不思議な世界・不思議な映画を淡々と見せられているような感覚でした。狐につままれたような読後感で、なんやったんや今のは?と混乱に似た感情が渦巻いていました。芥川賞受賞ということで手にとってみたものの・・むむむ、消化に時間がかかりそうです。

「レジリエンスとは何か」枝廣淳子

最近良く聞くレジリエンスについて、漠然とした概念だけではなく、各国の具体的な取組事例が紹介されていて、レジリエンス実践を考えている方は必読ではないでしょうか。

当社メンバーが著者枝廣淳子さんのワークショップに参加すると言っていたので、どんな話が聞けたのか共有が楽しみです。

「ベトナム戦記」開高健

掲題作は開高健「電子全集7 小説家の一生を決定づけたベトナム戦争」に収められた一遍。本作以外にもベトナム戦争に関する大量のエッセイやレポートが収められています。

ベトナム戦争の最中、銃弾の飛び交うジャングルを、夜な夜な砲撃の音が響く市街を駆け回り、人々の声に耳を傾けた迫真の文章に圧倒されてました。

私は四年もベトナムに居て、まだまだこの国、この国の人々への肉迫が足りないと思い知らされたのです。

今でこそアジア有数の経済都市へと成長したホーチミン市。わずか40年前に多くの人びとが血を流していたなんて、想像も出来ません。
しかし、この国で仕事をさせてもらっている以上、より深い部分でこの国や人々のことを理解できるよう日々精進せねばと想うばかりです。

ベトナム関連のオススメ作品は開高健と同じく、ベトナム戦争終結前後にサイゴンで記者として飛び回られていた近藤紘一の「サイゴンから来た妻と娘」「サイゴンの一番長い日」です。ベトナム人の奥さんと過ごす日々の様子から当時の南ベトナムの人々の暮らしが垣間見れます。

「これが私の優しさです」谷川俊太郎

とても美しい言葉の数々。今、巷にあふれているトゲトゲとした言葉にはない優しさにあふれた言葉に出会えます。

この本は兄から借り受けたもの。ちょうどその頃、兄の家に第一子が生まれました。私も晴れて叔父となり、面映ゆくもありますが、とにもかくにも嬉しい気持ちでいっぱいです。

そんな甥っ子 耕佑に本書から素敵な詩を一遍引用させてください。(女の子をイメージした詩ですが、そこはご愛嬌)

「雛祭りの日に」

娘よ—–
いつかおまえの
たったひとつの
ほほえみが
ひとりの男を
生かすことも
あるだろう

そのほほえみの
やさしさに
父と母は
信ずるすべてを
のこすのだ
おのがいのちを
のこすのだ

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