[欧州出張記]オランダのイエナプラン校を訪問しました


こんにちは、ハバタクの長井です。

5月から6月初旬にかけて今回の欧州出張に関する報告会をあちこちでさせていただきましたが、参加者の方々からの質問やフィードバックによってますます学びが深くなることを実感しております。

今回は欧州出張記の第2弾として、オランダのイエナプラン校の話を書こうと思います。

そもそも「イエナプラン」とは、モンテッソーリやシュタイナーなどと並んでひとつの教育体系であるわけですが、ドイツ発祥のこの教育法はオランダで豊かに発展したと言われています。

今回も写真を多くご紹介しながら、イエナプラン教育の一端をお伝えできればと思います。

まずは、校舎の様子。今回2つのイエナプラン校を訪問しましたが、そのひとつChr.JPBSt Kompas[コンパス]の外観です。日本に比べると、オランダの学校は全体的に小規模のものが多いようです。200人程度の希望者を集めれば、自治体が校舎の提供や補助金の交付などを行ってくれるという制度がそれを支えています。

もうひとつの学校は、国内のイエナプラン賞を受賞した経歴をもつDr. Schaepmanschool[ドクター・スハエプマン小学校]校長先生とお話しする機会をいただきました。デンマークでも同様の印象を受けましたが、こちらの校長先生は経営者然としており、組織をまとめるリーダーとしての役割が求められています。一緒に映っているのは、今回の旅を一緒に企画した柏市市議会議員の山下洋輔さんです(ジャズピアニストではありません)。


オランダの教育では学校に多くの裁量があります。日本の学習指導要領のようなプロセスを定義するものはなく、到達目標が定義されています。つまり「〇〇を何コマ実施してください」ではなく「いついつまでに〇〇を理解しているように指導してください」というイメージです。これにもとづき、学校は柔軟に授業の内容や教材を選択していくことになります。

多文化共生のための市民教育

オランダは豊かな資源があるわけではなく通商を生業としてきた多民族国家であり、また常に水難と闘うことを運命づけられた国でもあります。そうした背景から「いかに多様な人々と困難に立ち向かい、共に生きていくか」という課題意識が高く、教育現場にも反映されています。
この写真は「ピースフルスクール・プログラム」という授業の様子です。もともとはアメリカ発祥の、「コンフリクトをクリエイティブに解決するための力をつける」ためのプログラムを取り入れたそうです。我々が訪問した際には「感情feelingについて」というテーマで対話を行い、「人によって感情表現のしかたは違うよね」といった他者理解への視点が示されたりしていました。
面白いのは、いわゆる道徳の授業のように先生が「いい話」をするのではなく、生徒同士が対話的に発言していくことによって気づきを得るような構成になっていることです。イエナプラン校の教室には必ず中央にこうした「サークル」が常設され、対話によって授業が進行します。先生も同じサークル上に座り、必要に応じてときどき口をはさむ以外はあまり発言しないのも印象的でした。まさにファシリテーター型の指導方法ですね。

サークルでの対話が終わると、「今度は、感情を表す言葉を勉強しよう」という流れになり、サークルの外側にある島型の机に生徒たちが散っていきます。イエナプラン校の大きな特徴として複式学級(複数学年が同じクラスに混在する)があるのですが、このときも上の学年の子供は英語での書き取りをやりつつ、下の学年のオランダ語を教えるといった風景が生まれていました。こうした小さな共同体の学び合いも、ひとつの市民教育といえそうです。

教室の隅に興味深いものを見つけました。この「3つの帽子」はどの教室にも展示されているものだそうで、「コンフリクト(意見の相違)に直面したときに、どんな態度を取るのが良いのか?」を象徴的に表すために存在するとのこと。
  • 青:妥協。自分の意見を引き下げて、相手の意見を全面的に受け入れる
  • 赤:固執。あくまで自分の意見を押し通す
  • 黄:第3の道。お互いの意見を理解した上で、新しいアイデアを生み出す

結論としては「黄色の帽子をかぶろう」ということなのですが、こうした訓練を小学校から徹底しているのは驚きでした。

その他にも、コンフリクトを解決する専門家として「メディエーター(仲裁者)」を任命するという文化があり、生徒が立候補で一定任期を務めるようです。就任した生徒には授業以外で専門的なトレーニングを受けるシステムがあります。写真にあるように、ちょっとかっこいいポートレートを撮ってもらって校内に掲示されていました。

社会の一員として「働く」教育

イエナプランのポリシーとして「学校は、子どもと教員と保護者とからなる共同体とみなす」というものがあります。学校は特別な環境なのではなく、はじめから社会の一部として成立させてしまう、という考え方です。そのためか、イエナプランにおける生徒の活動は以下のように表記されます。

  • Gesprek/dialog[話す] → サークルでの対話など
  • Spel[遊ぶ] → 制作、野外のフィールドワークなど
  • Werk[働く] → いわゆる教科学習
  • Viering[催す] → イベントの企画・実施など

大人の生活にもそのまま当てはまりそうな言葉の選び方ですね。

対話については上記で紹介しましたので、Werkの部分をご紹介しようと思います。前述のようにオランダの学校はかなり柔軟にカリキュラムを編成することができます。イエナプラン校では、学校側がガイドした大目標にもとづき、生徒が自分で時間割を組み立てるところからすべてが始まります。
見せてもらったのは小学2年生にあたる生徒さんの時間割です。「この時間にはこの勉強をする」と自分で組み立てたもので、終わった部分には先生のサインがついています。
学習風景。生徒たちは学年もバラバラですし、各自の時間割で進めるため、教室全体での一斉授業はあまり実施されません(必要に応じて先生がある学年を集め、サークルに座って新しい単元の概要を説明する、といったことは実施されていました)。

分からないことがあれば、適宜先生に質問・相談にいきます。
一見混沌としていますが、各自がやるべきことを把握して自分の責任で学習しているため、驚くほど静かです。
私がこの風景を眺めていて自然に思い出したのは、私たち社会人が働いている様子でした。よく考えれば、驚くほど要素が似ています。組織の到達目標、各自のタスク、スケジュールなどの自己管理。裁量と責任。生徒は組織のスタッフであり、先生はマネージャーとして進捗管理をおこなう。イエナプラン校のWerkとは、まさに働く環境の再現なのです。

充実した教材体系と学校をサポートするシステム

これを可能にしている要因は、生徒たちが自律的に学習スケジュールを組み立てられるだけの体系だった教材がそろっていることが挙げられます。紙製のクラシックなものから
パソコンに入っているプログラムまで
さまざまな教材が教室の内外に配置されており、どんな単元にも対応できるようになっています。学校は独自にこれらの教材を購入するのですが、日本流に考えると教材メーカーの営業さんが押し寄せてきて先生たちは大変なのではないか…と心配になります。
実際には、オランダでは学校向けのカリキュラム立案・教材選択のコンサルティングはOBD(教育サポートセンター)という組織が一括して引き受けています。この組織はもともと文部科学省の一部でしたが、2002年に民営化して国内の主要な土地に配置されているとのこと。さらにこの組織は国立のカリキュラム研究所の成果をインプットとしています。こうした仕組みづくりにより、学校は国から交付されている教材費を有効に活用できるとされています。
さらにOBDは教員の研修も一手に引き受けており、新しいカリキュラムや教材を導入する際に教員のリテラシー不足やスキル不足がハードルになるような状況を極力排除しているようです。
教材の中には、難問ばかりが収められた「唐辛子の塔」なるものも存在し、一式数十万円という値段で販売されているようです。少し中身を見てみると、
このように、難易度が唐辛子マークで示されています。カレー屋さん風に言うと、これは「3辛」ですね。
ちなみにこのお題は「自分の街をつくろう」といったもので、大人へのインタビューや仲間内でのブレインストーミング、アイデアのまとめなど、中学生でも難しいのではないか…という内容でした。ただアクティビティのやりかたについては丁寧に解説がついており(例:インタビューはこう進めよう、など)、攻略のしがいがありそうなものに仕上がっています。
いくつかのトピックに分けてイエナプラン校の様子と、オランダの教育システムについてお伝えしました。総じて私が強く印象をもったのは、「社会の一部としての学校」という点です。
  • コンフリクトに対する対処、他者への尊重を学ぶ市民教育
  • 社会人と同じモードで「働く」学習方法
  • サポート機関によって新しいモノへのスイッチングコストを最小限に抑える工夫

こうした施策によって、日本でありがちな「学校を卒業したらルールが違う=新しいルールを学び直すコストがかかる」という状況を避けることに成功しているのではないでしょうか。

一説によれば、労働時間あたりのGDPは世界最高レベルというオランダ。教育システムの構築にも、歴史的に多くの苦労があったと聞きますが、今回見てきたイエナプラン校の実践は日本の教育にも多いに参考にできる点が多かったと感じています。
なお、今回のオランダの学校訪問には、オランダ教育研究の第一人者であるリヒテルズ直子さんに多大なるご協力をいただきました。厚く御礼申し上げます。

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